ひとりごと

 最終投稿が2014年の10月ですから、かれこれ四年八か月が経過しました。
生活はあまり変化がないけれど、心の持ちようと、身体のありようが
ずいぶんと変わったように思います。

 とはいえ、それは自分が感じているだけのこと。
どんな時に、何がきっかけでといった事は、やはり書き留めなければ
忘れてしまうのだなと実感しています。

 付け加えれば、作文能力が非常に低下しているので、
練習の場が必要。書きたいことは頭に浮かべど、執筆速度が追い付かない。
ひたすら数をこなすのみですね。

 最近始めたことは、まずお菓子作り。子供のころは結構マメに作っては
迷惑を顧みず差し入れなどしていたのですが、ここ十年ほどはトンと
ご無沙汰していました。これまた最近ですが、インスタ投稿で素敵な
写真を見ると、「私もやりたい!」となった次第。

 で、久しぶりにロールケーキなど焼いてみると、これが又目も当て
られない始末。味はまあまあでも、非インスタ映えこの上なし。
先は遠いと感じた瞬間です。

 お菓子だけでなく、刺繍や編み物といった手芸の世界も覗いて
みると、雲上人が集うところとしか思えない。
 人と比べてどうすると言われればそれまでですが、せっかく作るの
だから自身の能力向上を目指して!こちらも自らの体を引きかえに
製造あるのみです。

 逆に、この四年近く細々ながら続いているのが中国語学習。
キャリア十分ですが、上達の気配なし。
 これも何とかしなくてはね。語学学習は面白くて、あれこれやって
みたいけれど、「とにかく読める」とか、「目標は○○検定取得!」
とかの目標設定がないことが、上達しない原因かも知れない。
 ついでだから、ここで11月の中国検定3級を受験と宣言しよう。

 強制されなくてもできるのが、映画館通いと海外テレビドラマ鑑賞。
でも、記録しないと流されて行ってしまいがち。
 「何観たっけ?」が最近多すぎる!


 何にせよ、改めてブログ投稿を再開しようと思った次第です。


*いつまで続くことやら・・・


イスタンブール一人旅 土産物屋めぐり その3

 ついに、メインイベント中のメインイベント、
絨毯屋さんへと足を運びました。

ここでも、迎え入れてくれたのは日本語堪能で
優しそうな感じのトルコ人男性です。
さすがの私も、「はめられた」と感じましたが、
後の祭りというものです。
ここは腹をくくって、「絨毯なんか買わない」と
心に誓いつつ、暖かい店の奥へと案内されたのでした。

そんな私の心中を知ってか知らずか、まずは
トルココーヒーがオーダーされ、ガイドさんと一緒になって、
いわゆる「雑談」が始まりました。
その人の日本語ははっきり言ってガイドさんより上。
しかも、ダジャレまで披露されてはもう、あきれて言葉も
でません。
少し詳しく書くと、私が関西出身だとわかると、
「面白い地名なかった?ツマ?」と聞いてきました。
すると同じ店での別の店員(この人も日本語堪能)が
「須磨だろ」と一言。
これ、文章にするとものすごくつまらないダジャレですが、
外国で、しかも外国人が日本語でさらりと言ってのけたの
で、私などは手もなく笑ってしまったわけです。

他にも、関西(特に神戸)の食べ物の話や、イスタンブールに
来たならサバサンド食べなきゃとか、たわいのない話で
ずいぶんと気分をくつろがせてくれました。
「くれました」というのはお仕事で、それが次なる大きな話に
つながるのです。
挙句の果てに、「明日朝ごはん食べに来ない?」とのお誘いが。
あまりに自然で、ここでも「はい」と言ってしまった馬鹿な私。
だって、絨毯屋さんに来てここまで一言も絨毯の話はなかった
のです。すっかり安心してしまったんですね。
しかも、この店が滞在先のホテルの目と鼻の先というのも
良くなかった。どう考えてもグルだよね。

コーヒーを飲んで、疲れも取れたところでひとまず
店を出て、いったん旅行社事務所へ。清算をすませて、担当の
人とガイドさんとでパチリと一枚。
後から見ると腹が立つ一枚です。

イスタンブール一人旅 土産物屋めぐり その2

 だいぶご無沙汰しましたが、まだまだ続きます。

陶器店を後にした我々一向の次なる目的地は
エジプシャンバザールです。

バザールといえばグランバザールが超有名ですが、
こちらも負けず劣らずの賑わいを見せています。
ただ、地元の方もかなり利用するとあって、品物・
料金はかなり良心的なのではないでしょうか?
いえ、よくわかりません。
ま、黒門市場にやってくる観光客と地元常連客といった
感じがしました。

まず一軒目はスカーフのお店です。
このお店のご主人も日本語堪能。(ちなみに奥様は日本人)
スカーフの他にも、女性なら喜びそうなオヤとか、アクセサリー
など、手工芸品で気の利いたものがそろっています。
実は、ガイドさんが持っていたスカーフがとても素敵で、
どこで買ったのか聞こうと思っていると、「このお店で
買ったのよ」とのお言葉。
こうやって、購買意欲はくすぐられる訳です。
高級スカーフといえばパシュミナと思っていましたが、
さらなる高級品がありました。
シャトゥーシュという、山羊のあごひげだけで作られた
スカーフです薄手でしなやかなのに、しっとりと暖かい。
初めての感触です。
一目見てほしくなったのですが、結論を出すのは早いと
思って、翌日来るわと言いました。
もちろん、手ごろな値段で友達へのお土産によさそうな
ものはしっかりと手に入れました。
ご主人からは、「何かこの市場のことで問題があれば
なんでも聞いて」と親切な言葉まで。
あまり聞かれない言葉で本当にびっくりしました。
人の親切に飢えていたのかもしれません。

大変気を良くして、次はお菓子屋さんへ。
この店にも日本語ペラペラな方がお二人いました。
そのうちの一人はガイドさんの学生時代からの友人とか。
なるほど、友情というものはこんなところにも十分
生きているのだわと実感。
肝心の売り物(ロクムやバクラヴァというトルコの伝統
菓子)は大変おいしいので、これまた自信をもって
紹介できるんでしょうね。

ここまで来ると、実はかなりお腹がすいてきたので、
ガイドさんに頼んで軽い食事をすることに。
スープとパンというかなり簡単なものだけど、スープが
美味しかった。レモンを絞り入れるのが新鮮かつ美味。
その日は比較的暖かい日でしたが、日本よりは寒いので
結構体が冷えていたよう。

食事中にガイドさんとあれこれ話した中で覚えているのは、
「どうして日本の女性はトルコ男性と結婚するのかしら?
トルコの男性は厳しいのに・・・」というフレーズ。
男性優位社会なんでしょうか?

このお昼御飯が後から考えると曲者だったのかも。
「食事のあとにトルココーヒーを飲みませんか」
と聞かれたので、これまた素直にうなずいてしまいました。
コーヒーはさほど好きではないですけど、トルココーヒーってどんな
ものか飲んでみたいですからね。

そして連れていかれたのが絨毯屋さん。
ここで、足掛け一日にわたる攻防線が繰り広げられようとは
夢にも思わない私でした。



イスタンブール一人旅 土産物屋めぐり

 ガイドさんにとってのメインイベント「土産物屋
引き回しツアー」がいよいよ始まります。

 当初の私の気持ちとしては、「土産物屋めぐりは
致し方ない。自分が気に入ったものがあれば
買えばいい。」と思っていました。ある程度は成功した
と思いますが、大きく失敗したものもあります。
 旅に出たその行為そのものがお土産と言い切れる
ならば、いくら土産物屋を回ってもどうってことは
ないのでしょう。私はやはり、旅の記念に何か欲しいな
と思う性格ですし、旅先では家族や友人のことを
思い出して、「こんなのどうかな?」と考えるのも
好きなため、悩ましい問題が発生する訳です。

 地下宮殿の見学を終えると、ガイドさんはこう
言いました。「次は、トルコの伝統工芸を見に行きましょう」と。
うまい切り出し方です。

 連れていかれたのは、陶器を専門に扱う土産物屋
さんでした。実は、以前からトルコのタイルはとても
素敵だと思っていたので、連れていかれたとは言うものの、
ガイドさんのお勧めならとちょっと喜んでしまいました。
アヤソフィアとギュルハーネ公園の間にある坂道の途中に
その店はありました。中に入ると、とても優しそうな男性が
にこやかに迎えてくれます(当たり前ですね)。そして、
流暢な日本語でいろいろな説明をしてくれるのです。
その間、当然のごとく「チャイはいかが?アップルチャイも
ありますよ」なんて、勧め方もスマートなもの。
お気づきかと思いますが、ガイドさんとはずっと日本語で
通しています。そして、このお店のご主人と思しき
人も日本語です。イスタンブールに到着して、この時点で
6時間ほどたっていますが、私が英語を使った時間は
通算で30分あるかないかです。
しゃべる相手そのものがいなかったこともありますが、
話し相手ができると会話はすべて日本語。
考えたらちょっと異常です。
この異常さ加減に気がついていれば、のちの出来事にも
もう少しうまく対処できたでしょうに・・・

とほほな出来事はまたにして、ここでは、優しげで
しかも中々にハンサムなご主人にくらっと来たのか、
タイルを一枚お買い上げです。
うまい買わせ方だなと思ったのが、「このお皿は
いくらだと思いますか?」という質問を結構投げかけて
くること。「トルコの国宝クラスの作品を作る先生が
この店のために作りました」なんて言われたら、
直径90センチくらいの大皿を前にして
「やっぱり、15,6万くらいですか?」なんて愚かにも
答えてしまうわけです。
客がどの程度のものをどのくらいの値段で考えて
いるか判断して、財布のひもを緩められる最大の
額を値踏みしているわけですね。
さすがはオスマントルコ商人の末裔です。

ついでに言えば、ご主人が優し気な男性というのも、
この店におけるキーポイントでした。
なぜかというと、ここまで出会った男性はみなさん強面で、
たとえ親切なひとでもちょっと怖い。
これも後から思ったことですが、観光客を完全に狙っている
関係者は、髭がない方が多いような気がします。
多分、威圧的にみえないようにという気配りなのでしょうか?
何にせよ、良い鴨となってまずはチャリーンとお金を落とした
のでした。

次なる場所はエジプシャン・バザールです。

 


イスタンブール一人旅 市内観光その3

 ガイド連れの旅行でありがたいことは、時間が有効に
使えること。
 特に実感したのは、この地下宮殿見学の時でした。
個人でいらした方々は当然のごとく順番待ちなのですが、
私はガイドさんと一緒ということで、どうも別枠があった
ようです。寒くて小雨もちらつくのに、辛抱強く待って
いらっしゃる方々をしり目に、いざ地下へと降りてゆきます。

 この場所は、旅行を決めるまで知りませんでした。
イスタンブールの世界遺産はブルーモスクとアヤソフィアに
トプカプ宮殿だけと思い込んでいたからです。
賢明な皆様はお分かりかと存じますが、イスタンブール
旧市街の歴史的建造物群が指定されているので、
他にも当然たくさんの世界遺産が存在するのです。
この一文を書くために少し調べてみたところ、映画007
シリーズの「ロシアより愛をこめて」のロケ地になっていたとか。
007とイスタンブールは相性がいいのか、最新作の
「スカイフォール」ではグランバザールの屋根の上を
ボンドが縦横無尽に走り回るという導入場面があります。

 脱線しましたが、中に入ってみると、もう神秘的としか
言いようのない世界が広がっていました。地下宮殿と呼ばれ
ていますが、正確には地下貯水場です。336本もの円柱に
支えられて、長さ140メートル幅70メートルにわたって広がる
様子は、本当に驚くべきものがあります。「宮殿」と言いたく
なるのもよく分かります。横たわっているメドゥーサの首は、
思い円柱に踏みつけにされながら、一体何を考えているので
しょうか?今日見てきた二つの建物とは全く様相が違うのも
気分が変わって面白いものでした。

 そしてこれからが、ガイドさんにとってのメインイベント。
市内土産物屋引き回しツアーへと出発です。






イスタンブール一人旅 市内観光その2

 イスタンブールに行ったら、当然アヤソフィアも外すことの
できない観光スポット。というか、ブルーモスクと向かい合って
存在しているので、外しようもないといいましょうか。
 というわけでアヤソフィアです。

 こちらはかつては教会。次にモスクと姿を変え、今や
博物館となっております。
 つまり、現役宗教建造物ではありません。 
これを博物館に変えたのはトルコ共和国建国の父、
ケマル・アタチュルク。普通、モスクとして使用されていたものを
博物館にしてしまおうなんて考えないと思いますが、あえてそう
したことで、国是としている世俗主義を強く打ち出したのでは
ないかと思います。
従いまして、こちらアヤソフィアは有料です。入場切符を買うの
にも結構行列ができていましたが、そこはガイドさんと一緒なので
準備良くさらりと入場。

 元教会をモスクにしてしまうというのもすごいですが、それを
実際にみると、もう頭の中は混乱状態です。
規模からすると、ブルーモスクよりこちらのほうが大きいと思いますが、
そこは元教会らしく、二階部分が巨大な回廊になっていて、高さを
ぞんぶんに味わうことができるからではないかと思います。
ビザンチン様式(というのでしょうか?)のモザイク画がある横で、
モスクには必ず掲げられているアッラーその他の花押を描いた
プレートが並ぶというのも魔訶不思議な景色です。
ごく最近テレビで観ましたが、アヤソフィアの耐震構造はかなりの
もので、そのおかげをもって過去の大地震をくぐり抜けてきたのだとか。
なんにせよ、圧倒されるというのはこのことです。

 話が前後しますが、ブルーモスクからアヤソフィアは本当に
目と鼻の先に位置していて、普通に歩けば5分弱で着くと思います。
しかしながら、そこは世界的に有名な観光地なので、まず人が多いです。
次に人が多いです。あれ?
最初の「人」は私を含めた観光客。次の「人」は観光地には必ず
存在するガイド・客引きの皆様。「写真撮りませんか?」「ガイドブックどう?」
「チャイ飲みませんか?」「キリム買いませんか?」「日本人ですか?」
この声掛け嵐のおかげで、まっすぐ歩くことは困難です。いちいち応対するのは
馬鹿の極みですし、だからと言って大きな声で「NO!」と言い続けながら
歩くのもどうなんでしょうか?(そんなお兄さんがいました)
 私の場合は現地ガイドさんがいたおかげでからまれることもなかったの
ですが、このスルタンアフメット地域は、観光客の幻想と、そこに付け込んで
たかろうとする、百選練磨の観光業者がくんずほぐれつを繰り広げる
伏魔殿のような場所。著名観光地に行くとはこのような覚悟も必要なのだと
思い知らされました。

 次なる観光地は地下宮殿です。

イスタンブール一人旅 市内観光

 冬のヨーロッパ(少なくともイスタンブールはヨーロッパですね)は
夜明けが遅く日暮れが早い。このことは本当に心しておかなければ
ならなかったのですが、やはり旅行に行くとそんなことはどこかに
行ってしまうわけです。
 
 ようやく夜が明けました。ほとんど八時です!この町は一体、いつ
活動を始めるのかと本当に心配しました。
考えれば、ホテルの場所がスルタンアフメットという、完全に観光地の
中にあり、正直言って繁華街とは趣が違います。
もちろん、観光客向けのレストランは軒を連ねていますが、地元の人は
こんな場所には寄らないんでしょうね。なので明るくなってから活動すれば
十分なんでしょう。実際、このくらいの時間からホテルも動き出しましたし、
周辺の人通りも増えてきました。

 半日市内観光も予約していました。何せ初めての場所ですし、世界遺産に
ついては、やはりガイドさんから説明も聞きたいと思ったのです。
ガイドを付けるにはやはり覚悟が必要ですよ。良し悪しは当然あります。
それについては、おいおいご紹介します。

 約束の時間は九時です。ちょっと勘違いをしていて、ホテル近くの
旅行会社の事務所で待ち合わせだと思って出かけてみると、現地の
女性とすれ違いました。何となく予感はしたのですが、事務所に着くと
案の定「ガイドは君のホテルに行ったよ」と言われてしまいました。
戻る途中で、先ほどの女性に出会い「やっぱりそうよね」といった感じで
お互いを自己紹介。まだ若そうな、たぶん24,25くらいの小柄な
美人さんです。日本語がとても流暢で、意志疎通に問題はなさそう。
とにかく、私の中ではハイライトのブルーモスク・アヤソフィア見学に
出発です。

まずは、ブルーモスクへ。ブルーモスクと観光客は言いますが、正確には
『スルタンアフメット・ジャーミイ』が本名です。
その名の通り、アフメット一世によって1609年に建造が始まり、
1616年完成。
あれだけの大きさを誇る建物が約7年で完成したとは驚きです。
一般の信者の方々が祈りをささげに毎日普通に使われているので、
建物の回りの手洗い場(っていうんでしょうか?)には何人かの男性の
姿が見えます。比較的気温は高かったのですが、それでも真冬に水で
首回りや足を洗うのは冷たそう。
イスラム教徒の皆様は清潔であることに
とても気をつかうそうなので、こうやって中に入る前に身を清めるのだとか。
日本でも神社にお参りに行くと、手や口を漱ぎますけど、もっと本格的です。
女性はどうするのかな?家で済ませるんだろうか?あ、聞けば良かった。

裏手にぐるっと回っていくとそこが入り口で、靴を脱いで上がります。なんだか
日本風。そして、女性はスカーフで髪を覆わなければなりません。
男女問わず、ノースリーブに短パンといったカジュアルすぎる服装では中に
入れませんので、それに応じて体を覆うようになっています。
ま、冬場にタンクトップはさすがにいませんでしたが、やはり敬意を表する
ためにも適当な服装は大切だと思います。
私も入り口でスカーフを貸してもらって中へ。

まず驚いたのは、足を取られそうな絨毯。多分ウール100%だから、冬暖かく
夏涼しいんだろうな。私はとにかく靴を脱いで、直に高級絨毯を感じられるのが
うれしかった。こんな経験なかなかできませんよ。
お祈りの場所はだだっ広い広間になっていて、お祈りスペースが絨毯に織り込ま
れています。
そして天井を見上げると「ブルーモスク」の由来である美しい青のイズニックタ
イルが目いっぱいに広がります。
シャンデリアがぶら下がっているのだけど、やけに場所が低くて、
そんなものかと思っていると、ガイドさん曰く「お手入れしやすいから」という
理由で低い位置に止まっているのだとか。
静かで穏やかな場所だけに、寝てしまう不届きな観光客もいましたが、
あなたの気持ちは良くわかるよ。

心行くまで見学させてもらって、次なる目標はお向かいさんのアヤソフィアです。



イスタンブール一人旅 市内へ

間が空きましたが、まだまだ旅は始まったばかりです。
どうぞよろしくお付き合い下さい。

 旅行会社にすべてお任せのツアーは、なんでも
詰め込まれているので便利な反面、個人の自由は当然
制約されます。それが嫌な私は旅行に行くときはいつも
航空券とホテルを手配します。今回は特に初めての場所
ということもあって、空港からホテルまでの送迎も頼みました。

安く上げるつもりなら、地下鉄とトラムを乗り継げばいいのですが、
いかんせん時間が早すぎます。
しかも迂闊なことに、ヨーロッパの冬場の早朝がどれほど真っ暗け
かということを忘れておりました。
(その反対に日が暮れるのが早いことも忘れていました。これに
気が付くのは、あと12時間くらいたってからです。)

事前手配の車が約束通りに来てくれたので、とにもかくにもホテルにGOです。
運転手さんはちょっと年配の方でしたがとても親切で、英語でいろいろと
話しかけてくれます。右手に見えるのがマルマラ海(暗くてわからん)とか、
旧市街に入るまでの左手の地域は値段がどんどん上がっているとか、
本当にいろいろです。
そうそう、トルコ語も教えてくれました。特に、ありがとうという意味の
「Teşekkür ederim」 (強いてカタカナで書けば『テシェッケレデリム』か?)は
集中的に特訓されました。
この言葉は行く前に知っていたのですが、発音が全く分からなかったので、
とてもありがたかったです。何度も何度も私の練習に付き合ってくれた上に、
うまく言えないときは、英語の似た発音を持ってきて「こんな感じ」って教えて
くれました。とても賢い方だと思いました。

そんなことをしているうちに、時間があるからとちょっとだけブルーモスクと
アヤソフィアの前に車を止めてくれました。「写真撮ってきたら?」というので
ありがたく撮影タイム。さすがに朝の5時では観光客がいるわけもなく、
私だけが独り占め。これはちょっとうれしい出来事です。

ひとしきり撮影を終えてからいよいよホテルへ。
後で考えると、ブルーモスクから歩いて5分くらいのところにホテルは
あったのですが、車で行く場合一方通行が多くてかなり遠回りをすることに。
そして、初めて気が付きました。イスタンブール旧市街は坂だらけだと。
地面もよく見ると石畳で風情があるのですが、これって濡れたりすると
(その時少し雨が降っていた)滑りやすいのでは?
行ってみないとわからないことってあるものです。
ようよう、ホテルに到着です。

フロントの夜勤のお兄さんは居眠り中。責任者と思しき人を寝ぼけ眼で
呼んでくると、ちょっと貫禄ありげな男性がやってきました。
チェックインをしてくれるのかと思いきや(部屋が空いていたりすると、
部屋を使わせてくれるホテルもあります)、「休みたいなら50ユーロで
どう?」ですって。もちろん丁重にお断りして荷物のみを預かってもらいました。
食事は7時にならないとできないというし、ホテルにはあるまじきのんびり
ぶりです。しかし、いわゆる大型ホテルではなく少人数で回すこじんまりとした
ホテルなので、こんなものかなと。

にしても、ロビーで寝るのも何だし、おなかも空いてきたので、
行く当てもなくフラフラと近所を散策に行きました。
といっても、開いている店があるわけでなし、行き交う人もなし。

すると、急に(私にとって)新聞配達のお兄さんに出くわしました。
びっくりです。多分、私が警戒していることがありありとわかったん
でしょうね。「そんなに驚かないで、大丈夫だから」と言われてしまいました。
すみません、お兄さん。

しばらく歩くと、やっと屋台のパン屋さんらしきものを発見。
かなりお腹が空いていたので、とにかく買ってみることに。これがまた
出来立てで美味しいこと!おじさんもとても親切で、食べやすいように
切り分けて包んでくれたのでした。ホテルに帰ってから食べましたが
美味しーい!でも、飲み物が無ーい!!

そして、まだまだ夜は明けないのでした。
一体いつになったら明るくなるのでしょうか?





イスタンブール一人旅 到着

ほぼ定刻通りにイスタンブールに到着。
自分が飛行機を操縦する訳でなし、乗っていれば
着くのですから、飛行機はよっぽど楽な旅です。

ただ、こんなに早朝の飛行場には着いたことが
ありませんでした。
空港ビルに足を踏み入れると、そこここに、日本人の
団体ツアーの皆様が集まっています。
どうやらこれから、さらに乗り継いでトルコ国内、
あるいはヨーロッパの他の地域に移動する模様。
確かに、こんなに早く着けば、さらに移動したところで、
時間を有効に使えるかもしれません。
イスタンブールのアタチュルク国際空港は、ヨーロッパへの
入り口としてハブ空港の役目を果たしているのですね。

通路の途中にあるベンチにはバックパッカーと思しき
方々がお休み中。
こちらも乗り継ぎ待ちなのかな・・・
あとから思ったことですが、もう少し空港内でリフレッシュしてから
市内に移動するべきでした。
実はホテルまでの送迎サービスを頼んでいたのですが、
せめて、7:00くらいに迎えに来てもらえばよかったと非常に
後悔しました。
お気づきだと思いますが、早朝に現地到着しても、ホテルで
休もうとすれば一泊余分に予約しておかないといけないのです。
それをケチったばっかりに、情けない目にあいました・・・
自業自得です。

この国は入国審査がありません。
パスポートもフリーパスです。
あっけなく、到着ロビーに出ると、閑散としたものです。
そりゃそうですよね。
迎えの名前を探すと、ちゃんとありました。
同じ便で来たと思われる日本人女性がいました。
若いながらも物馴れた様子の彼女と少し話すと、どうやら広告
代理店にお勤めの様。最終目的地はリオでワールドカップの下見に
行くとか。トランジットを利用してイスタンブール見物をするとのこと。
かわいい彼女に現地のドライバーがしきりに話しかけています。
聞いていると「空港の両替はぼったくりだからATMを使え」って
強力におすすめ中。アドバイスに従って私たちもATMでキャッシング。

お迎えドライバーがやってきて、彼女とはここでお別れ。
いよいよ、市内へ移動です。

それにしても、あたりが真っ暗で何も見えません。

イスタンブール一人旅 出発 2

 タイトルに「イスタンブール一人旅」とうたっていますが、
なかなか日本を脱出できません。

さらに西日がまぶしい成田に到着すると、どうして搭乗地で
「乗り継ぎですか?」と聞かれた理由がわかりました。

私としては、深夜近くまで時間をつぶす必要があるので、
充実していると噂の高い成田を楽しもうと、マッサージか、
あるいはネイルサロンか、はたまた、滑走路を眺めながら
グラスでも傾けてみようかと考えていました。
しかし、すでにトルコ航空にチェックインしてしまったため、
有無を言わせず、出国手続きへと並びに並ばされたのでした。
いつの間にか日本を出るまでおよそ、1時間半。
その間、ずっと立ったままです。
手荷物が結構重かったです。
時折、地上職員が気のふれたように「○○便にて××に
ご出発の△△様。至急、出国手続きカウンターにおいで下さい」
と叫んでいます。
なるほど、年末の成田はかくも混雑するわけですね。
そして、航空各社は客にフラフラとして欲しくない
わけなのですね。

こんなにも行列に並んだのは初めてです。
仕方がないから並びますけど、そうでなければ
絶対に並ばない。
それもこれも、休暇が取りにくい日本の会社が
いけないのです。

かくして、出国エリアに放り出されたころには日もとっぷりと
暮れ、よく見れば、そこかしこの休憩スペースで寝そべって
いる人多数。
お疲れ様です。

私も気を取り直してあたりを散策してみましたが、まず、食事が
お粗末なものばかり。免税店も香港などと比べてしまうと、
どうしても見劣り感がして、覗いてみる気にもなりません。
むしろ、地元の空港の方がコンパクトな分、不慣れな人には
便利かもしれないと思う始末。

結局、一日早い年越しそばを食べてから搭乗口へ。
これからの長丁場に向けて、お化粧は落とし、靴は履き替え、
寒さ対策のダウンジャケットを引っ張り出しているうちに、
どうやら飛行機に乗ってもいいようです。

(今日も、飛行機は飛ばなかった)


イスタンブール一人旅  機中

 ようやく機上の人となれました。
本当にここまで長かった。多分家を出発してから
あらかた10時間はかかっています。
これでは、ほとんど目的地ついてしまいそうです。

この便しか取れなかっただけあって、満席でした。
本当は通路側の席がよかったのですが、中側の席。
隣は巨体(よりは少し小さいか)の女性で、幸先が
悪そうです。
いえ、この方ごく普通に親切な方でした。食事時や飲み物
サービスの時に私が寝ていたりすると、起こしてくれました。
結構な力で、非常に驚きましたが。

成田発イスタンブール行きのトルコ航空機はなかなかに
充実していました。何しろ個人の席にUSBの差し込みがあり、
Wi-Fiが使い放題。そうと知っていれば、私も充電を気にせず
スマホをつかったのに・・・
アメニティもかわいらしいペンケース型のポーチにコンパクトに
収められていて、アイマスクやリップクリームがうれしいですね。
あと、耳栓も。

妹Mからは「機内食をすべて写真にとるように」というミッションを
渡されていましたが、スマホが電源アウト。デジカメも充電が残り
わずかだったため、到着後すぐに出かける観光のために残して
おきたくて、結局移写したのは一回だけ。

驚いたのは、この飛行機会社は機内販売がありませんでした。
ちょっと楽しみにしていただけに、つまらない。
映画や音楽のセレクトも今一つかな。
そのおかげで、寝ることができたのはよかったかもしれません。

久しぶりの長距離フライトは疲れましたが、ようやく
イスタンブールに到着の模様です。


イスタンブール一人旅 出発 1

 旅の仲間がいない不安よりも、とにかく行きたい好奇心が
勝ちを収めて、いよいよ2013年12月30日に日本を出発
しました。

 あとから考えると、日本を離れるのが一番の難行苦行だった
ような気がします。
 この時期、旅行予約の出足が早かったため、最寄りの空港から
出発する便が取れず、成田出発となりました。
帰り便は地元空港へ直行なら問題なしと踏んだわけです。

出発は深夜ですが、成田まで出ていくために自宅を昼頃出発。
今まで比較的早い時間の出発だったので、これはなかなか楽と
言いたいところですが、あとからあれこれ気になるタイプの
私としては、何度も戸締りを確かめたり、荷物を出し入れしてみ
たりと、はたから見ればほとんど挙動不審。
さすがにこんなことでは先が思いやられると、予定時間より若干
早めの出発です。
そうそう、出発当日にNHKの「世界街歩き イスタンブール編」を再放送
していたのも、何となく幸先のよさを感じさせて旅の気分も
盛り上がります。

我が家とはしばしのお別れ、とりあえずは国内線に乗りましょう。
と、空港についてみると結構な人だかり。30日なら少しは空い
ているかと思ってましたが、そんな思惑どこ吹く風。
成田空港を楽しむ予定だったので、国内線手続きに並んでいると、
なぜか職員が「成田で乗り継ぎですか?」と聞いてきます。
すなおに「はい」と答えたっばかりに、トルコ航空のチェックイン
まで終わってしまい、かすかに嫌な予感が・・・

とにかく手続きを終えて、荷物はイスタンブールまでしばしのさようなら。
遅めのお昼を食べながらあたりを見回すと、あまり一人の人って
見かけません。私はこんな時の過ごし方が下手で、そそくさと
食べ終えてお土産物屋さんを冷やかしたあとは、
じっと椅子に座って待っているだけ。
この時に、同行できなかったAさんから携帯メールが来ました。
「気を付けてね」っていう言葉が本当にうれしくて、ちょっとほろり。
早くも先が危ぶまれます。

西日がまぶしくなったころにやっと機上の人になりました。

成田までは何ということのないフライトでしたが、着陸してからが
長いこと長いこと。どう考えても、人間が下りる場所じゃないでしょ?
といった処まで連れていかれました。多分、発着便が多すぎて
タクシングの場所がなかったんだろうな。絶対に15分以上は
飛行機がうろうろしていたと思います。

そして、この日最大の難行がここから始まるのでした。



イスタンブール一人旅 ~初めに~

海外一人旅なんて、本当に珍しくもないことです。
外国に住む身内に会うため、一人で飛行機に
乗っていくような小学生だっているわけです。
バックパッカー全盛のころは、旅行とはむしろ一人で
あるべき!のような風潮もあった気がします。
そして、行くところはなぜかタイやインド。はたまた
ヨーロッパ放浪というのが、今もある私の一人旅の
感触です。

大学3年の時に、親がかりで初めて海外旅行に行かせて
もらって(この時の費用はまだ返していません)から、
それなりに外国に出かけてきました。
といっても、平均的な日本人の海外旅行です。

トルコは20年以上前から一度は行ってみたいと思っていた国。
特に、高橋由香利さんの「私もトルコで考えた」というエッセイ漫画が
面白く、行けたらいいなと長らく思っていました。
ただ、「行けたらいいな」と思っているだけでは、絶対に行けない
のも事実です。
しかも、ここ十年近く香港にどっぷりとはまっていたために、
それ以外の国や地域には全く気が回らなくなってしまいました。
思えば、どうしてバランスよく色々なことに興味が回せないのか?
一つことに夢中になると他が見えないのが、良くも悪くも私の様です。

今年の年末もそうですが、2013年から2014年にかけては、
サラリーマンにとってカレンダーの並びが非常によく、長距離の
移動にはうってつけの時期でした。
そんなことだけは目端の利く私としては、「一つ長年の懸案事項を
かなえようじゃないか」といつもの旅の仲間Aさんに声をかけて、
イスタンブール行きを計画しました。
Aさんとは香港映画を通じて、非常に仲良くなった会社の先輩です。
香港以前にも沖縄などの旅行に行ったりしていたのですが、
やはり同じ興味でつながる絆は強いものがありますね。

手回し良く夏の終わりには準備万端整えたのですが、Aさんの
事情が悪くなりました。こちらも話せば長いのですが、年来の
パートナーである猫の具合が大変悪く、予断を許さない状態でした。
彼女も心配、その猫も心配、そして旅行に一緒に行けるのかも
心配という具合で、チケットをキャンセルしようかどうか、一人
焦っていたのでした。

結局、12月の初旬にその猫は遠い国に行ってしまったのですが、
「じゃあ、旅行は行けますよね」とも言えず、さりとて彼女から
返事ももらえず、結局はどうしますかと聞いて、「行かない」という
言葉を聞き出しました。
そりゃそうですよね。あらかた3・4か月近く、出勤しながら看病を
続けていたんですもの。
でも、その時思ったのは「どうして早く伝えてくれなかったんだ」という
不満でした。「早く言ってくれれば、私だって他の選択肢も取れた」
という不平ばかりがあふれて来ました。

後々に母にそのことを話してみると、「それはあなたが悪い。
旅行に行けますかではなく『行きませんよね』と聞くべき」
だったと言われました。
なるほど、たぶん答えがわかっているのだから、相手には負担を
かけずそのうえで自分の覚悟も決めておけということですね。

九割方は覚悟ができていたんですが、やはり残りの一割に
掛けたいのも人情でしょう。
私としては、せっかくの機会を逃したくないという一心で、
四度目の年女最後の日に、初めての一人旅に
出発する事となりました。








私の中の

 ずいぶんとこのページを開くこともなく、時間だけが過ぎました。
最初このページを開設したのは、自分の好きな映画について、
気が付いたり、気になったりしたことを書き留めておきた
かったから。

映画やドラマはどんなにつらいことがあっても、
結末がありますよね。
楽しいことはみんなと分け合えたりもできますよね。
でも現実はそうじゃない。
こんな当たり前のことに気が付いたのが、2013年から2014年に
かけての短い旅行でした。

今まで熱を上げてきた映画や演劇の楽しみは一体何だったのか?
作品や俳優について、友人たちと話をするのは本当に楽しい
ことですが、所詮は自分とかけ離れたフィクションをこねくり回して
いるだけです。
もちろん、私だって映画・演劇ファンの端くれとしてこの楽しみは
手放せないのですが。

例えば悲しい場面で涙を流したとします。自分がその登場人物に
感情移入した結果、同じように涙を流すわけです。
でも今は、同じように流れる涙も、自分の経験一つ一つに映し
出されて涙がでるのです。
同じことのように読めてしまうかもしれませんが、より自分の経験
に引き寄せて感情があふれ出すといったらいいのでしょうか?

なににせよ、現実に体験したことが、映画・演劇鑑賞に大きな
影をさして、今までのように映画そのものをうまく楽しめない
でいます。

もちろん今でも観ています。
楽しんでもいます。でも明らかに今までとは違う。

どこが違うのか、旅行以降の私を思い出しながら、
少しずつ探っていきたいと思います。


効果抜群?

どれほどご無沙汰しているかわからないこのブログ。
そんな私をしても書かしめる強烈なものを発見。

「宮廷女官・若曦」に引き続き、中華宮廷物を鑑賞中の今日この頃。
前作と違って放送局は変わってしまったが、「宮廷の諍い女」を毎日
録画&鑑賞中。

最初は悠々たる速度で、人物紹介から伏線から事件からと
展開していたが、前半の大きな山場を越してからは、主人公・甄嬛の行方に目が離せない。
お話しについてはこちらにお任せするとして、
本日は「効果的な広告とは?」に焦点を当てたい。

このドラマの中によく登場する物に「阿膠(あきょう)」がある。
不勉強で知らなかったが、字面からしてコラーゲンが含まれている
のだろうと想像していた。
どのような場面に登場するかといえば、皇帝陛下がお疲れのとき、
病弱な妃嬪のお見舞いに、などなど滋養強壮ある食品としての
役目を担っている。

さて、本日の録画をみていると、「宮廷アキョウ」のCMが!!
もう、この番組のCMスポットを買わないでどこを買う?というくらいの
絶妙のマッチングと見た。
さして美容物に詳しくないこの私でも、
「ちょっとお電話しちゃおうかな?」と思わせるCMですよ、これは。

ちなみにこの「阿膠」の原料はロバの皮だとか。
鮫・豚・牛など、コラーゲン豊富と来ればなんでもありとは思うが、
ついにここまで来たかと思わせるロバの登場であった。
その効能から、鮫・豚・牛が束でかかってきても敵わないらしい。
(←いい加減) 
それにしてもロバとは。

他のサプリメントとは確実に一線を画す衝撃の30秒であった。






宮廷女官若曦を観る 第二十三話

いつの間にか年があけ、旧暦も明け、
すでに2013年も六分の一が過ぎました。
皆様元気にお過ごしでしょうか?

早く続きを書かないと周回遅れで追いつかれて
しまうこののろさ。いえ、この怠慢。

ここから挽回するぞ!おー
(掛け声倒れに終わりそうですが)

二十三話は「不遜な女官」というタイトルですが、
観ただけで誰のことか簡単にわかりますね。

若曦は誰かとは結婚しないといけない状況なのですが、
押し付けられるのは御免な訳です。
元いた場所の価値観からすれば当たり前のことでも、
この時代では悶絶ものの罰当たりな考えとなり、
どうやら避けられない様子。

しかし、ここは「不遜な女官」でありますからして
お断りすると。
十四阿哥もかわいそうに。彼だって好きなんだよね、若曦が。
若曦も早いとこ手を打っておけばよかったものを、
陛下に反抗するという最悪な形になってしまった結果、
女官としてはエリート職であったお茶係から、浣衣局という
洗濯係へ降格人事が実行された!

この部署は、ただの洗濯係ではない。誰の服を洗うかといえば
太監、すなわち宦官達の衣服を洗う部署なのだ。
宦官は王族の懐深くに入り込める一方、人間ではないものとして
その存在を卑しいものとされているため、これはただの降格ではなく、
懲罰だということが分かります。

今回は写真が無いのだが、若曦は衣装も地味になっちゃうし、
ヘッドドレスも全くなく、ひたすら洗濯に励む日々。
洗濯機が欲しいよね。
しかも、ありがちな意地悪同僚も現れて、お約束の展開が。

ここで終わるわけはないと分かっていながら、どうやって
再浮上するのか?
その辺りを見守りましょう。


宮廷女官若曦を観る~第二十二話

この作品のDVD発売HPにて繰り広げられている
「好きな皇子は誰!?決定戦」
私も投票に行きましたよ。
しかし、意外な結果になっていますね。青田買いの伝統
はここにも生きていると見た。

で、「ついえた野望」とは如何に?

若曦と明玉は似た者同士すぎて、はじめは角突き合わせて
ばかりだったのに、腹を割ってみれば分かり合えた二人。
明慧が八翁にぞっこんな事を明玉から聞かされる若曦。
明慧の事を知れば知るほど、けなげで可哀想。
がんばれ明慧!

庭園を散歩していると、四翁の息子が弓の練習中。
危ないだろうと思うのだが、それほど広い紫禁城なのですね。
なのに、よりによって外れた矢が若曦を襲うというこの偶然。
そして、タイミング良く四翁が飛び込んで助けるという絵に描いた様な
(って画ですけど)展開。

隠居謹慎中の四翁に替わって急浮上しているのが十四阿哥。
仲のよい父子として何かと相談しあうほほえましい様子に若曦は
腑に落ちない様子。つまり、四翁が皇帝になるのは事実だけど
そこまでの過程に十四阿哥がこんなにも引き立てられていることを
知らなかった模様。
二人の母君は今のままが続いてほしいと願っているようだけれど
当事者達は互いを牽制しあって、対立は激化しそう。

いつの間にか塞外に来ている若曦。手には敏敏様からのお手紙が。
もうお母さんになってしまうのね。
居場所はなぜかすぐにわかってしまう四翁がやって来た。
衣服も改まって、隠居はおわったのだろうか?
自分を忘れないでくれと頼む若曦。
いやー、あなたのことは忘れないと思いますよ。

皇帝陛下は八翁の事を「野心の塊」と見ているので、
八翁は信頼回復が中々出来ないまま。
その八翁も、亡き母君のお墓に「絶対皇帝になる!」と
決意表明していますから、父皇帝の評価は正しいです。
とはいえ立場を考えて、ここは一つお父様に
贈り物をしようと考える八翁。

それは海東青とよぶ隼。
しかしながら、いつの間にかすり替えられて瀕死の隼を
献上してしまった八翁。
事事に至って、皇帝陛下は八翁を排斥する理由を
見つけて、勅命を下してしまった!!

さてここで疑問は、「誰が隼をすりかえたのか?」
①四翁    もっとも可能性が高い。
八翁との対立を先鋭化させて宣戦布告?
②十四阿哥  意外な伏兵。
皇帝からはかわいがられているし、八翁の立場が
日々弱くなっている今、地盤を全て横取りできるぞ!

真相は如何に?

春節の挨拶に代理として参上する明慧。
皇帝陛下からのお言葉をもらうのが慣わしのようで、明慧が受け取ったのは
これ。
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一言で言えば「反省しろ」
十阿哥がいらん事を言って「見せて~」というから明慧も
見せなきゃいけないじゃないか!!ばか者~!
ここは一つ笑いをとって八翁の不在をカバーしようと孤軍奮闘中の明慧。
やっぱり健気だ~

夫のプライドを守り抜く覚悟の明慧。女の中の女です


今日のトピック

八翁のお宅にかかっている扁額をご紹介。

画像



「多羅貝勒府」とありますが、八翁は「ドロベイレ」様なので。
十七さいから一家を構えている八翁。でも俸禄取り上げなんて
お父さん、それは厳しすぎませんか?











宮廷女官若曦を観る~第二十一話

本編の放送はすでに終わり、私自身も鑑賞は終了して
いるのですが、こちらのアップは初見時のメモを元に作成
しております。
先を知っていますが、一話分内でのネタバレはあっても
以降の話については触れません。
というのが、前触れということで・・・

第二十一話は「皇太子失脚」

四翁を救うために身を投げ出した十三阿哥。彼を助けようと
まずは十四阿哥がお願いだ。

画像



一人でダメならみんなでお願いだ!!

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その結果、なんとか皇帝陛下のお許しをいただけて、緑撫は
十三阿哥の傍にいられることになった模様。
若曦も許されたのはいいけれど、じつはこのお願い(跪下)のおかげで
体調を損なってしまった。あんな石畳の上に長時間座っていれば
ひざもおかしくなるでしょう。その上、長年のタイムスリップ生活で
精神をすり減らしていたとは。さすがは皇帝の侍医だけある。
ストレス(しかもその主原因が恐怖)と見抜く辺り、中医の実力の程が
伺えますな。

こんなことがあって、四翁は政治的には失脚。若曦との結婚話も吹っ飛んで
しまい、お先真っ暗状態の若曦。そこを慰めるのは玉壇なんだね。
彼女の小さいときの話しを聞きながら、幸福かどうかは自分で決めることだと
自身を再確認した模様。

とはいえ、皇太子を救うための人間は現れず、結局かれは廃位の憂き目に。
もっと自重しておけよ~

四翁もほとんど隠居老人の生活で、一体あの野望はどうなったのか?


今日のトピック

家族のために馬車に自ら飛び込んでいくとは根性のある玉壇。しかも粘りに粘って
お金を手に入れたんだから、宮中での仕事なんて軽いのかも。
このとき彼女を助けた人がこんな人。

画像



この指輪にご注意って事なんだろうけど、一体誰だ?


宮廷女官若曦を観る~第二十話

前回より、若曦と十三阿哥の酒盛りは続く。
この二人が飲んでいるお酒は何でしょうね?

十三阿哥としては久しぶりのこの機会に言っておきたいと
マジな様子。若曦が四翁と真剣交際をするなら、四翁の
孤独を支えて欲しいと。どうして、十三阿哥と四翁は仲が
いいのかと思えば、十三阿哥は幼少時にお母さんを亡くしていて、
四翁の実母・徳妃の下で育ったらしい(by ウィキ)。なるほど、
そういう事情があれば、同腹の十四阿哥よりも十三阿哥と親密な
事にもうなずける。

翌日、半二日酔い気味で目覚めた若曦が目にしたものは、
四翁が朝議で叱責される姿。どうも八翁が手を回して、四翁が徒党を
組んでいると上奏された模様。大臣もかばってみるものの、かえって
その忠誠心を疑われる始末。進退窮まったそのときに救いの手を
差し伸べたのは十三阿哥。自らが画策したことだと。
大臣もそれに乗じて、全てを十三阿哥のせいにしてしまった。
これが、十三阿哥軟禁の原因だったんだな。そしてあの酒盛りの時に
若曦に「四翁を頼む」と言ったのは、今日を予期していたから。

最も信頼する兄弟を救えなかった四翁は、なす術が無い。
緑撫も何とか傍にいたいと訴えるのだが、四翁は断ることしか出来ない。
十四阿哥に手紙を渡して、若曦に救いを求める緑撫。何とかしなくては
の一念で、皇帝陛下に直訴した!!
ひざまずいてじっとしているのは、お願いでもあり、罰でもある訳で、
これは、中国・韓国物にはおなじみのシーン。

それを聞いた四翁は謹慎を破って若曦の元へ。あのマントを傘代わりに
して守る場面は心打たれるところ。(いささか効果が無いことには目を
つぶるとして。)
そんな二人を目撃するのが八翁と十四阿哥。このときにこそ、八翁は
四翁を敵だと決定付けたんじゃないか思うわ~。
ついでに言えば、一緒に苦しむから一人じゃないと伝えているのが
四翁。で、「若蘭のことも考えて欲しい」といって諭すのが八翁。
八翁の服の裾がぬれてしまっているのを、若曦が持ち上げて
くれるのだけど、そんなことされてもむしろ腹が立つ八翁。
うーむ、男女の機微は難しい。





宮廷女官若曦を観る~第十九話

宮廷闘争の合間にお茶を一服といった趣の十九話。
「本当の幸せ」

前回の答えに対して四翁は「望む」と答えた。
若曦に対しては誠実でありたいという意思を伝えたわけですね。
信頼するものには信頼でこたえる。誰にでも冷たい態度では
ないのだな、四翁。

一方、離婚騒ぎのまき起こっている十阿哥夫婦。ま、いつまでも
やっとけって感じですが、皇族という立場上そうも行かない。
一計を案じた若曦は「いっそのこと別れさせてくれと陛下に頼め」
と荒療治。
この、十阿哥と明玉の二人はやり取りがかわいらしくて、重たい
雲の立ち込める紫禁城に無くてはならない清涼剤ですね。
雨降って地固まるのたとえ通りに、絆が深まった十阿哥夫妻。
いやー、末永くお幸せに。

この作戦を立てたのが若曦だと十四阿哥に教えられた明玉は、
「幸せは自分でつかむもの」と彼女に伝言を言付ける。その言葉は
むしろ十四阿哥に響いたようで、いままでずっと預かったままの
あの腕輪を、ついに八翁に返すことに。
硯で割れるほどやわらかいのか?それとも硯がすごく硬いのか?
八翁はここに来てやっと思い知ったのね、若曦の気持ちを。
もうおしまいだと。

考えれば、若曦の行動は二股かけていたといわれてもしょうがない
ところも。お茶係になるや、四翁の好みをきいたり、問い詰められそう
になったところを助けたり。そりゃ八翁も二人の仲、というよりは
若曦の本心を疑うよね。若曦からすれば、信じてくれてなかったって
ことになるんだろうけど。いやー、身勝手ですってば。

この後でもう一度八翁に会って、元にはもどらないと最後通牒を
突きつけた!そこまで追い詰めるな!!
しかも、皇子様方にお茶菓子をだす時に、事もあろうか四翁にいたず
らをしてもう夢中な様子。
八翁、お労しや~。

そんな幕間劇の一方で、本筋は着々と動き出し、皇太子が
「(朝貢品の)酒持って来ーい」と宦官達に八つ当たり。
どうやら時は中秋になった模様。若曦と久しぶりに酒盛りをして、
四翁の事を頼む十三阿哥。本来は自由を愛する人なのに、ただただ
孤独な兄を思いやって宮廷に踏みとどまっている人なのだ。
十三阿哥は軟禁される予定なのですが、一体どんな理由で押し
込めになってしまうの?


今日のトピック
若曦と十三阿哥は久しぶりに飲むというこの場面。二人によれば八年
ぶりだそう。多分時は1712年のはず。