中国ドラマ 瓔珞を観る

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あまりにくよくよしていたので、体が悲鳴を上げている。
肩は凝るし、胃が痛くて食事がおいしくない。お腹は減るが
食べられない。足も震えてくる。
 これでは私がかわいそうすぎるので、本来書きたかったことに
手を付けてみたい。

 このところの自粛ムードで、友人と一緒に映画や芝居に行くことが
吹き飛んでしまい、自宅でテレビを見ることが非常に多くなった。
 映画館も非常事態宣言解除後は、できるだけ行くようにしているが、
(私の行きつけは、二本立ての名画座なので)7月の4連休、
8月の盆休みは、再び自粛ムードで行かずじまい。
 そんな時はテレビドラマがやはり味方となってくれる。しかも、
話数の多いものが。もともと、香港映画好きから派生して、今や中国
ドラマが生活に欠かせない。地上はBSしか見られない環境だが、
それでも中々に充実したラインナップだと思う。
 つい先日放送終了の「嬰珞 紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃」(サブタイ
トルが長すぎるし、恥ずかしい)は、非常に面白かった。清朝・後宮
物は、皇帝の寵愛を巡る駆け引きが見どころだが、今話題の倍返しな
ど目ではない権謀術数の数々と、その裏にある人間模様が複雑に絡み
合って、見ごたえがあった。
 おまけに、中国産時代劇は、衣装や調度に予算がかけられているのが
よくわかり、安っぽくないのがまたうれしい。
紫禁城一分の一モデルの撮影所も迫力満点。これほどまでに非日常を
味わえるドラマもないと思う。


誰のせいでもない

 彼の話をじっくりと考えた。私は彼からのプロポーズに舞い上がって、その上あぐらをかいていた。計画を話そうともせず、心配事を相談もしなかった。「触らぬ神に祟りなし」。何も言わなければ何も変わらない。そう自分だけが思っていた。彼の変化を薄々感じつつも観ないふりをしていた。
 子供が作れないというのは言い訳だ。私は臆病だったのだ。
 暮らし向きはどうとでもなっただろう。彼を信じ切れなかった私のせい。
 隣り合わせに走る列車のように、ある所まではほぼ一緒でも、分岐点を過ぎるとあっという間に走り去っていく列車の様な二人だった。

追い打ち

IMG_0702.JPG 今朝起きてみると、彼よりテキストが来ていた。
「今日からは友達だ」と。
 つまり、結婚を前提に付き合う間柄ではなく、
ただの知り合いに過ぎないと言いたいらしい。
 気持ちはわかるが、朝一番で読みたい内容ではない。
胃がムカムカするし、お腹も痛い。起き上がってみても
足がガクガクして、力が入らない。気持ちの問題は
すぐに体で反応する性質のようで、以前別れ話が
持ち上がった時は、今も続く持病発症の引き金になった。
 それはさておき、何とか気持ちを奮い立たせて、洗濯や
掃除・買い物・美容院での白髪染めなどの仕事をすませて、
彼に連絡を取ってみた。
 話を聞いてわかったのは、彼を待たせすぎたこと。
若い彼には一年近く待っても煮え切らない態度は、相当フラ
ストレーションがたまっていたようだ。
 当初、結婚しても私の年齢では子供は作れないと言って
いたのだが、生来の子供好きな彼からすれば、周りの友人・
親戚の子供たちを見ていると、気持ちが変わったらしい。
それは、私が一番恐れていた事だ。たとえ思い切って結婚
したとしても、子供が持てなければ、だんだんとうまく行かな
くなり、結局は別れてしまうだろう。その時私は立ち直れない
ほどの傷を負ってしまう。「子はかすがい」とは本当にうまい
表現だ。
 私にはもう一つ懸念していることがあった。優しい人間なの
だが、意外にも冷たい一面があるところを。ある夏の日、二人で
サイクリングをした。坂道をがんばって漕いでいると、私は
バランスを崩して倒れてしまった。先を行く彼は振り向きはした
が、すぐに駆けつけてはくれなかった。(すぐ近くを歩く老紳士
に助けられた)本当に大したことはなかったのだが、私を労わっ
てはくれなかった。
 そう、関西弁でいうところの「どんくさい」行為を笑って
フォローしたり、あるいは本当に心配して「大丈夫か?」と聞く
ことがなかった。
 残酷なまでに冷たくなれるのが、彼という人間の一面だと
その時知った。その冷たさは、今回の別れ話にも良く表れている。






無関心と執着

 別れ話が持ち上がるのは、どんな時なのか?遠距離で会えない、
喧嘩した、気持ちがすれ違うといった典型的な状況の他に、相手
に対して興味を失ったということを考ていた。
 別れ話が持ち上がった話は昨日書いたが、落ち着いて考えてみ
ると、決して相手が嫌いになった訳ではない。ただ、SNSのやり
取りが少なくなっても、気にも留めない時間が多かった。
 普通一日でも連絡がなければ、居ても立っても居られないと
思うが、不思議とそれがなかった。たまにテキストが来ればもち
ろんうれしいし、楽しくやり取りはする。ただ、深い話はあまり
しないし、将来についての計画をじっくり話すこともなかった。
 一緒に暮らそうとは言ったものの、二人とも心のどこかで
「これは無理だ」と思っていたからだろう。そこだけは気が
合っていたから、喧嘩にもならなかったのだと思っている。
 愛の反対は無関心とは良く言ったものだ。

 一方で、この話が出て以来、一体彼は今どんなことをしている
のか気になって仕方がない。私がいなくなった彼の世界を覗いて
みたい、という子供じみた気持ちが執着というものだろう。


 

祝 連続10日投稿達成

 今回も三日坊主で終わるかと思いきや、知らぬうちに10日間
連続投稿を達成していた。
 書きたい話題はあれど、気が乗らなかったり、書くのに時間が
かかりすぎると、ブログを続ける意欲が著しく低下する。今回は
とにかく続けることが一番の目標なので、その点では小さな
ハードルを一つ乗り越えた気がする。
 目の前のことから順番にというのが、身の丈にあっているのかも
知れない。
 
 今週は、長く付き合っていた人との別れ話ががあり、実のところ
気持ちは沈んでいる。遠く離れていてもいつかは一緒になれるかも
しれない思っていた。世界中のあらゆるところで起こっている
COVID-19のエピソードに、私の話もひっそりと加わることとなった。
 恋愛はやはり若いときに山としておくべきだったと痛感する。
たくさんの人と付き合って経験を積むことは、何よりも大切だ。
勢いでできることもあれば、悲しみを癒す体力も時間もある。
 今思うのは、月並みかも知れないが、彼と知り合って本当に良かった
ということだけ。心のどこかで、恐れを抱きつつ、もう少し楽しんで
いたかったけれど、人間引き際が肝心なのだ。
 きれいな幕引きができるかは分からないが、会うべき人には必ず
会えるし、そうでなければご縁がなかっただけ。




 

やってしまった

 些細なことで腹を立ててしまった。それも人前で。
自分の器の小ささにがっかりする。
 毎日集荷に来てくれるお姉さんから、「倉庫を開けてほしい」
と言われたので、事務所を出ようとしたら、電話をしている同僚が
「**さんの荷物が、いつもとは違うところにあります」と一言。
彼女は電話中でもあり、詳しく説明しきれなかったが、おおよその
ことは分かったので、そのまま倉庫に向かった。
 指定された場所にはなかったので、改めて確認しようと内線をか
けてもまだ電話中。そうだ、**さんに聞けばいいとかけなおすと、
果たして「荷物ね。そこだよ」と宣う。どうも埒が明かないと思って
いると、二軒ビルを挟んだ先の研究室に置いてあるという。
 あの、集荷先が違うでしょ?時間もあるんだからこちらに持って
くればいいことでは?はっきりと場所を書いて。災害級の暑さと相
まって、つい乱暴に「あ、わかりました!」と電話を切ってしまった。
 ああ、不機嫌をまき散らすなんて。
 がっかり、やってしまいました。

頂けない

 Lalaテレビで放映中のトルコドラマ、
「マザー」。(原題はトルコ語で「母」をあらわす”Anne”)  2010年に日本で製作、ヒットした「マザー」のリメイク版だ。
 原作は観なかったが、トルコでのリメイクとあれば俄然興味が湧いて、鑑賞中。
 色々と書きたい事はあるが、「頂けない」と思ったのが、「ベーグル」。ゴマが表面にぎっしりまぶしてある、ドーナツ型のパンを指して「ベーグル」と訳がついていた物。
形は確かにベーグルと似ているが、食感は全く違う。もちろん、ご覧の全ての方が、このパンのことを知っている訳ではないにせよ、だったら同じ文字数の「ゴマパン」でもよさそうに思う。あるいは近い音を拾って「シミット」「スィミット」などでもいいかも知れない。第一、どうして発祥の違うパンの名前を引っ張ってくるのか?ひょっとして、トルコでは、ゴマパン(シミット)をベーグルと説明するのが定訳なのか?
 少なくとも私には「頂けない」訳語だ。

くやしいナス

 タイトル通り、本当に悔しい「ナス」。

 勤め帰りに少し野菜でも買っていこうと立ち寄ったスーパーで、
ナスが一袋(3本入り)198円。しかも立派な大きさ。今日のおかずは
これに決めて、そのほか、特売のスライスチーズ、ささやかな楽しみ
に、カフェラテを一つ。ところが、会計時には思いのほかかさんで、
「なんで?」という気持ちになった。レシートを良く見てみると、
198円だと思っていたナスがなんと398円!きっと間違って登録して
いると、野菜売り場に戻って確認すると、間違っていたのは私の
目の方だった。
 198円は大きく値札がついていたのだが、そこにナスの姿はなく、
となりに398円のナスが積んであるのをみて、頭から198円だと
思った次第。
 紛らわしい売り場設計をしないで欲しいと憤慨しつつも、
家に帰ってから揚げ浸しにして美味しく食べた。





外出先で

 訳あって外出先からの投稿。
スマホで文章を入れるのは大変。
時間もないので、今日はこれまで。

盆休み終了

 一週間の盆休みが本日で終了。8月11日を一斉有休取得日として、
強制的に休まされたために、思いがけない長さの休暇となった。
 今までならば、確実に海外に遊びに出かけていたはずだが、
この状況では、遠出をする気にもなれずじまい。映画でも見に行こう
かと考えていたが、映画館はCOVID-19対策が完璧でも、そこに行く
までが何とはなしに、危険を感じる今日この頃。
 結局、となりの区にある実家、同県内で移動が30分もあれば行ける
墓参り、近所での買い物くらいしか行けるところのない、寂しい夏休み
となってしまった。
 と言っても、実家には従姉妹たちが来てくれて、久しぶりの積もる話
ができたし、自宅の模様替えに、手を付けていなかったエクセルの教本
を片手に基本技能の取得にも努められた。
 考えようによっては、なかなか充実した休みだったと思う。

 パソコンを開く習慣も、もう少し続ければ定着しそうなので、
明日から、気持ちを入れ替えて臨んでいきたい。

 さすがに、録りためたドラマも見尽くして、ストックがなくなった。
新しいドラマ(といっても再放送)もBS11やBS12に降りてくるよう
なので、中国語の勉強という言い訳のもと、楽しみの種は尽きない。
 8月21日から始まる「月に咲く花のごとく」は、以前の放送時に中途
挫折した作品なので、今度こそ最後まで。
9月3日からの「隋唐演義」は、姜武と白冰が出ていると知って注目している。
 一方のBS12は、「嬰珞」終了後はファンタジー路線に進むようで、
私としては残念。流行らせようとしているエモーショナル何とかドラマ
よりは、作りのしっかりした硬派なミステリーなどを放送して頂けると
うれしいのだが。



やりなおしの中国史 王朝編

 香港映画をきっかけに中華圏の諸々に対して興味がある。
その、興味を満足さえるために、高校の歴史をやり直す
必要性に駆られている。
 最近BS12での放送が終わった、
チャンネル銀河で放映中の「如懿伝〜紫禁城に散る宿命の王妃」。
その前であれば、「宮廷女官・若㬢」や、「宮廷の諍い女」etc.、
清朝・後宮物を観ると、前後の歴史がわかればもっと面白いのにと
思うことが多々あり。
まずは、歴代王朝名からたどってみようかと思った次第。

 高校時代、「もしかめ」の歌に乗せると覚えやすいと言われて、
自分で適当に歌いながら暗記に努めたが、今やyoutubeの時代。
ちょっと探すといろいろ出てきて、なかなか楽しい。
 そして今のはやりは、「アルプス一万尺」
私には難易度高めだが、チャレンジしてみよう。



初盆

 父の初盆を迎えた。
 今までは、母が用意するお膳や、お供え物を見ては、
「ああ、お盆か」くらいにしか思っていなかった。
ご先祖様には申し訳ないが、さして何も感じてはいなかった。
 しかし、4月に父を見送ってからの初のお帰りと思うと、
何とはなしに、しっかりせねばという気になっていた。
とはいえ、準備は相変わらず母任せ。お寺さんも早々に来て
頂いたが、まだ休みに入る前だったので、ここも母任せ。
 手伝いといえば、お墓参りくらいなもので、あまりほめられた
話ではないお盆となってしまった。
 ここ数日は、お釜のふたが開いたような暑さが続いているが、
皆様お元気なのでしょうね? 

 この時期は、母もいろいろと昔を思い出すようで、昨日
放送があった、NHKの企画、「あちこちのすずさん」を
観たこともあってか、何十回目かの定番エピソードを楽しそうに
話してくれた。
 終戦後のある日、母と母の母(つまり私の祖母)二人で、
横浜の鶴見から逗子当たりまで買い出しに行った時のこと。
 おそらく「魚の干物でもあれば」ということでの買い出しだったが、
本来のお目当てが何かはあまり覚えていないそうだ。
 ただ、現地に到着してみると、当初のお目当てはなく、
代わりに見つけたのは、「ところてん あります」の張り紙。
しかも制限がない。
 そんなわけで、近くの金物屋でバケツを買い(バケツがよく
あったと思うが)、入るだけのところてんを持ち帰ったという。
どうやって混雑した電車に乗って帰ってきたのかは不明だそうだが、
当時間借りしていた大家さん、ご近所さんとで分けて、
「その日の夕飯はところてんだったのよ!」と楽しそうに話していた。
 ところてんでは、お腹が膨らむ前に、全部流れ出てしまいそうだが、
母親と遠出をしての思わぬ収穫が、ことのほか楽しかったらしい。
 大変だったけど、母がとても気に入っている話を、
私も忘れずに、ここに書いておく。




今日の収穫

 休みに入ったら作ろうと思っていた、寿木けいさんのカレーレシピ
煮込み時間が短く、ニラ入りというのも斬新。
 クミンシードとニンニクを炒めて香りを引き出すのが、最初のポイン
トなのに、クミンパウダーで代用させてしまった。きっとホールタイプ
を準備していればもっと薫り高く仕上がったと思うが、
初めて作ったにしては、本格的な(あくまで私のイメージですが)
スパイスカレーが出来上がったと思う。
 付け合わせの半熟卵も、レシピ通りにうまく作れて、これまた
嬉しさ倍増。写真には残していないが、おそらく紹介されている
カレーにかなり近いものができたのではないかと思っている
 つくづく思うのは、最初はレシピ通りにということ。
揃えにくい材料もあるかと思うが、できるだけ手に入れて、
あまり代用品で済ませないほうがいい。そして指示通りの大きさ
に切りそろえて、指定時間を守って火を入れるのが本当に大切な
ことだと思った。
 今回は、じっくりとレシピを読みながら、水加減、火加減、
時間に気を配った。
そこが、成功のポイントだったと思っている。
 久しぶりに美味しいものを、自分で作れたというのがうれしくて、
本日のブログとなった。

 昼間は録りためたオスマン帝国外伝3を鑑賞。
 第76話では黒死病(ペスト)が帝国に広まり始め、政府高官にも
感染が及んでという展開。
 まるで現在の私たちを見透かしているかのような設定で、
いろいろと比較してしまう。皇帝専属の医者が、感染状況を確かめに
地方に行って、そこで感染者を確認するという場面があった。
その医者は、防護服を着ていない(!)従者を下がらせて、自らは
清潔なマスクをまず装着、その後は革製の顔全体を覆うようなマスク
をさらに装着。手にはもちろん同じ革製の長手袋といういで立ち。
材質に違いはあれど、手や顔の粘膜部分を覆うというのは、基本なのだ
なと思う。
 又、感染死亡した高官(アヤス・パシャ)は、その原因が
いわゆる「夜の街関連」なため、夜遊び好きと皇帝がみなしている
マトラークチェとマルコチョールに釘を刺すという一幕もあり。
本当に、16世紀オスマン帝国も、21世紀の我々も、やることに
大差がないというか、決定的な感染防止策というのは、すでに
出尽くしているのだなと思った次第。





DAY 1

 とりあえず書き始めようと思って、記事作成画面を開いた。
何によらず、フットワークが重くて中々腰が上がらないため、
ここまで書いただけでも「よくやった」という気持ちで一杯だ。

 この一か月は、気持ちがふさいで仕方がなかった。
くよくよと過去を思い出してばかりだった。
ああすればよかった、違うことをしていれば良かったと、
後ろばかりを見ていた。
 しかし、いい加減に自己憐憫をやめて前を向くときだ。
そう思えてきた。

 なんでもいい、一か月は何かを続けてみよう。
規則正しい生活をすることでも、撮りためたドラマを
ひたすら観ることでも、身体を動かすことでも、
とにかく行動をしなくては。
そう思えてきたことが一番の収穫だ。

 今日は以前の中途半端なブログをすべて削除して、新しい気持ちで始める一日目。

 他の誰が分からなくても、自分がわかってさえいればいい。
正直そこまでたどり着いたわけではないけれど、目標は、そこだ。

 自分が納得することだ。